あけましておめでとうございます
本年も宜しくお願いいたします
ということで今年の特許に関する抱負を
ソニー時代の特許について公開することは少しペンディングして
今技術顧問をしているNITの今後のパテントコンテスト学生特許についての
トピックを投稿したいと思っています。
これまで
2014年 パスタクリップ
2015年 ホワイトボードイレイサー
2016年 意匠登録ホワイトボードイレイサー
2017年 優秀賞獲得「2018年3月まで非公開」
パテントコンテストを通じて学生に特許のすばらしさを教えていきたいと思います。
特許は技術の差別化の最重要要素
でも製法などは企業秘密で(公開すると製造ノウハウのヒントを教えてしまうため)
以上
油井康寿の発明物語
2018年1月3日水曜日
2017年1月21日土曜日
発明第3号+付随特許
開発研究所ではプロジェクトは結果や製品化の可能性が有るや否やで、常に廃止か継続かのディシジョンが下される。
結局発明第2号の湿式プリンターのプロジェクトは終了し、
私は新たに共同開発として米国ミード社という紙メーカーが開発したマイクロカプセル型インクシートを使ったカラープリンターの開発グループに参加した。

今はノートしか作ってないかも・・・
ここでの発明は現像フィルムのリール、圧力現像部分、全体構造であった。
出願日は
1987年06月05日⇒特許2517967:巻取スプール
1987年10月20日⇒特許2586058:露光装置
1987年11月14日⇒特許2576156:現像装置
1987年12月12日⇒特許2629755:現像装置
1987年12月12日⇒特許2643203:プリンター
1991年12月13日⇒特許2805666:インクリボン
1987年12月22日⇒特許2576166:現像装置
重要開発テーマであったため、ミードに関する特許7件はすべて特許登録された。
結局発明第2号の湿式プリンターのプロジェクトは終了し、
私は新たに共同開発として米国ミード社という紙メーカーが開発したマイクロカプセル型インクシートを使ったカラープリンターの開発グループに参加した。

今はノートしか作ってないかも・・・
ここでの発明は現像フィルムのリール、圧力現像部分、全体構造であった。
出願日は
1987年06月05日⇒特許2517967:巻取スプール
1987年10月20日⇒特許2586058:露光装置
1987年11月14日⇒特許2576156:現像装置
1987年12月12日⇒特許2629755:現像装置
1987年12月12日⇒特許2643203:プリンター
1991年12月13日⇒特許2805666:インクリボン
1987年12月22日⇒特許2576166:現像装置
重要開発テーマであったため、ミードに関する特許7件はすべて特許登録された。
マイクロカプセルインクを使ったプリンターは世界初なので、他に会社と話をするにしても先に出願しておかなければならなかったので、試作と発明特許報告書を馬車馬の如く書き上げていた。
この装置の開発のおかげで井深大ファウンダーに声をかけてもらったり、当時マッキントッシュを売り出していたアップルコンピューター社の副社長にも開発したプリンターシステムのプレゼンもできた。
プレゼンでは圧力現像部分の回転音でガタガタ振動して、なんともやかましい機械であったが、入社4年目のエンジニアとしては貴重な体験であった。
世界初モノの開発は楽しかった!
その開発していたフロアや2畳ぐらいの暗室など今でも脳裏に焼きついている。
2017年1月10日火曜日
発明第2号
発明第1号のラミネーターが製品化され事業部(当時は厚木にあった情報機器事業本部)に引き継がれたので、このプロジェクトは終了した。次に開発担当となったのはマビグラフとは全く違う印画方式のカラープリンターでCIP?とか言ってたような・・・
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発明第2号
出願日:昭和61年(1986)1月17日
登録日:平成 8年(1996)4月30日
発明名称 記録装置
これは特許になった発明であった特許番号第2513181号

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この日付に注目してほしい。出願してから10年後に登録されている。
(当時は出願して登録まで10年かかるのが普通であった)
既にこの時にはプロジェクトはもちろん開発研究所もなくなっていていた・・・
私もプリンターのエンジニアではなく、新規事業プランナーとなって
本社組織に移っていた・・・(この異動の話も面白いが時期をみて)
さて、どんな発明かというと
残念ながら写真は秘密保持情報のため手元にはないが、
脳裏の中にはイメージが残っているので時間があるときにスケッチしてみたい。
「静電潜像 湿式現像方式カラープリンター」
わかりやすい言葉で言うと今主流のコピーマシンで使われている粉末のトナーが液体(湿式)のもの。
なぜ液体方式を研究開発していたかというとインクの粒度が細かく高精細な画像をプリントでき、他社特許回避できるためだと当時は思っていたが・・・
また、粉の場合粒度が細かすぎると粉塵爆発の危険性や粉のトナー方式はゼロックス社やキャノン社のパテントパワーが強力で製品化は極めて難しい状況であったからであろう。
ちなみにこの湿式グループは、かなり変わった名物エンジニア集団でひとりひとりの個性が強烈な人ばかりで、入社3年目の私にとっては貴重な日々であった!
新しい方式なので考えついたものはすべて特許になる可能性が高いためなんでもかんでも発明報告書として提出していた。私もこの方式に関する発明報告書は他に30件ぐらい提出していたが、ソニーとしては出願していなかったため特許庁に残ったのはこの方式では2件だけが登録されている。
2017年1月4日水曜日
人生初の発明特許1号
明けましておめでとうございます。
2017年から新たなブログとして「油井康寿の発明物語」をスタートします!
SONYに入社したのが1983年で、退職した年が2005年で今年で12年経過しました。私がいままでどんなものを発明してきたのかを振り返りながら、 その当時のエピソードを織り交ぜながら、これからのクリエイティブエンジニアやビジネスプロデューサー向けに発信していきます。
それでは、SONYに入社して初めての発明特許第1号のお話。
#YI001「ヒーター圧着機構」
特願昭59-184122
特公平06-021958
開発研究所に配属され入社2年目の1984年9月に出願。これは世界初のカラービデオプリンター「マビグラフ」の保護フィルムを貼付する装置で「ラミネーター」というシュワルツネッガーの映画みたいなマシン(笑)のヒーター圧着部の発明。
大学(早稲田理工学部)を卒業し、入社したばっかりで、ここまで発明や設計できるとは思わなかったが、振り返るとソニー独自の技術系の新入社員の育成制度である「チューター制度」が短期間で新機構の発明、設計、発明報告書の作成までできたのだと思う。
※チューター制度とは係長クラスの先輩が新入社員1名を受け持ち、最初の3ヶ月は試用期間として交換日記をしながらエンジニアとしてのスキルを身につける。正規採用となった日から、そのままチューターのプロジェクトの一員として装置の一部を担当し機構開発、機械設計することになる。
この発明特許は世界初の製品に組み込まれたものであり、ここから私のクリエイティブ人生が始まったといっても過言ではない。
2017年から新たなブログとして「油井康寿の発明物語」をスタートします!
SONYに入社したのが1983年で、退職した年が2005年で今年で12年経過しました。私がいままでどんなものを発明してきたのかを振り返りながら、 その当時のエピソードを織り交ぜながら、これからのクリエイティブエンジニアやビジネスプロデューサー向けに発信していきます。
それでは、SONYに入社して初めての発明特許第1号のお話。
#YI001「ヒーター圧着機構」
特願昭59-184122
特公平06-021958
開発研究所に配属され入社2年目の1984年9月に出願。これは世界初のカラービデオプリンター「マビグラフ」の保護フィルムを貼付する装置で「ラミネーター」というシュワルツネッガーの映画みたいなマシン(笑)のヒーター圧着部の発明。
大学(早稲田理工学部)を卒業し、入社したばっかりで、ここまで発明や設計できるとは思わなかったが、振り返るとソニー独自の技術系の新入社員の育成制度である「チューター制度」が短期間で新機構の発明、設計、発明報告書の作成までできたのだと思う。
※チューター制度とは係長クラスの先輩が新入社員1名を受け持ち、最初の3ヶ月は試用期間として交換日記をしながらエンジニアとしてのスキルを身につける。正規採用となった日から、そのままチューターのプロジェクトの一員として装置の一部を担当し機構開発、機械設計することになる。
この発明特許は世界初の製品に組み込まれたものであり、ここから私のクリエイティブ人生が始まったといっても過言ではない。
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